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チェンジリーダーは「危機」の中に「機会」を見出す

「21世紀のリーダーシップ」を掲げたリー・スコット(元ウォルマートCEO)の慧眼

何をやっても批判され、叩かれ続ける会社があります。過去の業績不振や品質問題、様々な疑惑などがつきまとい、一度定着したネガティブイメージが払拭されず、会社の中の人たちは、こんなに頑張っていても世間に認めてもらえないのはなぜだろうと苦悶しているのです。

今から20年ほど前、ウォルマートもまさにそのような状態にありました。圧倒的な低価格を武器に成長を遂げてきた同社は、規模の拡大とともに、購買力にものを言わせて仕入先から商品を買いたたき、従業員を低賃金で搾取し、新規出店で地場の商店やコミュニティを潰している、といった強烈な批判にさらされるようになります。“Wal-Mart: The High Cost of Low Price” という「暴露ムービー」まで公開され、米国の一部の地域ではウォルマートの出店阻止の動きが顕在化して社会問題化するまでになりました。

ちょうどその頃、2005年8月末にハリケーン・カトリーナが米国南東部襲い、各地に甚大な被害をもたらします。ウォルマートが被災地の店舗や輸送網を駆使して積極的に救援活動を展開したところ、同社には多くの人々から感謝の言葉が寄せられてきました。

当時ウォルマートのCEOを務めていたリー・スコットは、この光景を目にして考えました。「常に社会の批判にさらされ悪者扱いされているウォルマートとは全く別の “最高のウォルマート” が、今ここにある。こうした “最高” の状態を特別な時だけのものではなく毎日あたり前のこととして実現できるようにするには、一体どうしたらよいのだろうか」と。それから約2ヵ月後の2005年10月23日、リー・スコットはすべての従業員に向けて「21世紀のリーダーシップ」」と題するスピーチを行い、次のように問いかけました。

We were showered with gratitude, kindness, and acknowledgments. This was Walmart at its best. Katrina asked this critical question, and I want to ask it of you: What would it take for Walmart to be that company, at our best, all the time? What if we used our size and resources to make this country and this earth an even better place for all of us: customers, associates, our children, and generations unborn? What would that mean? Could we do it? Is this consistent with our business model? What if the very things that many people criticize us for – our size and reach – became a trusted friend and ally to all, just as it did in Katrina?

Lee Scott “21st Century Leadership”

そして、こうした問いかけに基づき、リー・スコットは、ウォルマートの規模と影響力を地球環境の保全や社会の格差の是正などにむけて積極的に行使していくことを宣言します。しかも、そのようにすることが、飽くなき低コスト・低価格の追求を続けるウォルマートの事業モデルと矛盾するどころか、それを補完し一層強化していく上で必要不可欠であることを丁寧に解き明かしていくのです。

例えば、同スピーチの中では、サステナビリティーに関する長期目標として、「100%再生エネルギーを利用する」、「廃棄物をゼロにする」、「資源と環境の維持に資する製品を販売する」の3つが掲げられました。これらを直ちに実現することは、もちろん不可能です。しかし、ウォルマートの旗振りのもとで自社はもとより取引先まで巻き込んで、こうした目標に一歩ずつ近づいていくことが、サプライチェーン全体でのコスト低下と環境負荷低減を同時に達成していくことに必ずつながっていくはずだ、とリーは訴えます。

「21世紀のリーダーシップ」は、ウォルマートが伝統的な小売企業の枠を超えて、自らの事業を通じて社会や環境に積極的に働きかけるイノベーションの主体へと経営のあり方・考え方を大きく転換させる契機となりました。最初は半信半疑だった従業員や取引先も、経営トップの本気度や本業とのつながりを理解するにつれて協力を惜しまなくなりました。そして、そうした転換が具体的な成果となって実現していく中で、前述のような一方的なウォルマート批判も徐々に後退していったのです。

重大な危機に見舞われる中でこそ、平時には分からなかった本質的な価値が明らかになり、本来追求すべき機会が明確になることがあります。チェンジリーダーは、目の前の危機への対応にただただ翻弄されるのではなく、混沌の中に差す一筋の機会の光明に誰よりも早く気付く醒めた眼を持たなければならないのです。

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