ブログ Blog

チェンジリーダーが掲げるべきビジョンとは

ソニーの「設立趣意書」から学ぶべきこと

ソニー(現・ソニーグループ株式会社)の前身である東京通信工業の「設立趣意書」をお読みになったことがあるでしょうか。1946年に同社の創業者の一人である井深大(いぶかまさる)さんが起草したものとされていますが、これが凄いのです。私など、何度読み返したか分からないほどです。80年近く前に書かれたもので、文体がやや古めかしいところもあるのですが、ソニーは今でも、この文書を「ソニーグループの原点として受け継がれています」として同社のホームページに全文掲載しています。

前回のブログでは、「日本人は『コミュニケーション下手』だとよく言われますが、Envision/Engage/Inspire というチェンジリーダーに求められる3つの要素を遺憾なく発揮している日本人リーダーも確実に存在します」と申し上げました。ソニーの「設立趣意書」に込められた井深さんのメッセージは、日本人リーダーによる “Envision” のお手本というべきものです。特に、趣意書の冒頭に記された「会社創設の目的」は、ソニーの創立当時の高い志(こころざし)を凝縮させた重要な内容ですので、以下に引用します。

会社創設の目的
一、真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設
一、日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動
一、戦時中、各方面に非常に進歩したる技術の国民生活内への即時応用
一、諸大学、研究所等の研究成果のうち、最も国民生活に応用価値を有する優秀なるものの迅速なる製品、商品化
一、無線通信機類の日常生活への浸透化、並びに家庭電化の促進
一、戦災通信網の復旧作業に対する積極的参加、並びに必要なる技術の提供
一、新時代にふさわしき優秀ラヂオセットの製作・普及、並びにラヂオサービスの徹底化
一、国民科学知識の実際的啓蒙活動

東京通信工業株式会社設立趣意書(1946年)

いかがでしょうか。1946年というと、日本は終戦直後で多くの都市が空襲によって焼け野原になっていた時代です。経済が混乱し食料が不足する中、多くの人々にとって最大の関心事は「今日明日をいかに食いつなぐか」ということだったに違いありません。こうした中にあって、「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」を通じて日本の文化向上に貢献する、というとてつもないビジョンを真面目に構想し、それを言葉にして発信してしまう井深さんという人はどう考えても並大抵ではありません。

井深さんには、普通の人にはまだ見えない未来が見えていたのです。戦争で負けてもう日本はおしまいだ、と思っているかもしれないが、諦めるのはまだ早い。戦時中に培われた高度な技術や優秀な人材の知恵と力を、人々の豊かな暮らしの実現のために思い切り生かせる時代がいよいよやって来る。だから、技術者の真骨頂を発揮できるわくわくするような「理想工場」を起点として、日本の新しい時代を皆で創っていこう、と熱く語りかける井深さんの姿が目に浮かびます。

そして、「会社創設の目的」に続く「経営方針」の方に目を移すと、「理想工場」を実現するための革新的な経営の考え方が記されています。「不当なる儲け主義を廃し」、「いたずらに規模の大を追わず」、「量の多少に関せず最も社会的に利用度の高い高級技術製品を対象とす」、「他社の追随を絶対許さざる境地に独自なる製品化を行う」、「従来の下請工場を独立自主的経営の方向へ指導・育成」、「一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き個人の技能を最大限に発揮せしむ」といった言葉からは、従業員・取引先・顧客・市場・社会などとのかかわり方を刷新する、まったく新たな経営モデルを築き上げていくのだ、という熱い想いと決意が伝わってきます。

それに続く「経営部門」の項では、当面の事業活動の中味が詳しく説明されています。当時大きな需要のあったラジオ受信機の保守・修理にかかわるサービスや、それに使われる測定器の開発・販売で足元の収益を確保しながら、将来にむけて独自性の高い通信機器の開発を積極的に行っていく方針であることが分かります。単に「夢」を語るだけでなく、裏付けとなる今日明日の稼ぎを確保する算段が立っていること、そして、それをどのように発展させていく計画なのかが分かるようになっているのです。

こうして見ると、ソニーの「設立趣意書」は、サイモン・シネックの言う “Why-How-What” の「ゴールデン・サークル」と見事に符合していることがわかります。「会社創設の目的」が “Why”、「経営方針」が “How”、そして、「経営部門」が ”What” という具合に。それによって、この文書自体が、多くの人を鼓舞(Inspire)し、突き動かすメッセージを紡ぎ出す根源になっているのです。

さらに、目先の製品・サービスの改良・改善にとどまらず、人々の暮らしや働き方、企業経営のあり方まで視野に入れた広い意味でのライフスタイル・価値観のイノベーションを打ち出している点が重要です。前々回のブログで紹介したグローバル規模のイノベーター企業の動きの「元祖」と言っても過言ではありません。ソニーは、2018年に当時の吉田憲一郎CEOの指揮のもとで「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスを策定・公表されました。これは、今の時代に読んでも先進性のある「設立趣意書」の理念を継承しつつ、それを多角化しグローバル化した現在のソニーの姿に合わせてアップデートされたものと言うこともできるでしょう。

チェンジリーダーとしての井深さんが80年近く前に掲げたビジョンは、その後のソニーの発展の原動力となり、ソニーが世界中で愛されリスペクトされる企業になる礎石となっただけでなく、ソニーのさらなる変革と成長を支える基盤として今も脈々と生き続けているのです。

【関連記事】