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チェンジリーダーは「タテ割り」をいかに打破するか

「日本列島改造論」に映しだされる田中角栄の戦略性

これもまた、最近の「昭和レトロブーム」の余波でしょうか・・・ 「日本列島改造論」(1972年)の「復刻版」が、当初の出版から半世紀余りを経た2023年3月に刊行され、好調に版を重ねているそうです(私が最近入手したものですでに4刷!)。

「日本列島改造論」は、昭和の名物宰相・田中角栄さんを著者として、彼が自民党総裁選への出馬を目前に控える中で出版されました。角栄さんは本書を引っさげる形で総裁選に勝利し、当時戦後史上最年少の総理大臣に就任します。「日本列島改造論」も91万部を売り上げてベストセラーになりました。同書の復刻版の売上好調の背景には、角栄さんのような明晰なビジョンと強い求心力を持ったリーダーを待望する人々の心理があるのかもしれません。

それにしても、角栄さんはどうしてこの本を出版したのでしょうか。今でこそ、自民党総裁選候補(=総理大臣候補)の方々が一般読者向けに本を出すことは珍しくありませんが、角栄さん以前には、そのような事例はありませんでした。「総裁選に勝つためのPR作戦だった」と言えばそれまでですが・・・当時自民党総裁選に票を投じることができるのは自民党の国会議員に限られており、一般国民が本を買って読んでくれても直接の票にはつながりません。では、一体なぜ?

当時の自民党の党内事情を振り返ってみましょう。長期政権を誇った佐藤栄作首相は、後継者に自分と同じくエリート官僚出身で党幹事長、大蔵大臣、外務大臣などを歴任していた福田赳夫さんを強く推していたと言われています。福田さんは、経歴からして総理総裁の座を約束されたサラブレッドです。他方の角栄さんは、佐藤派の最高幹部の一人として佐藤首相を支え、自らも党や政府の要職を歴任してきた実力者でしたが、土建会社を興して政治家に転じた「たたき上げ」という点で福田さんとは好対照を成していました。

こうした中で、自民党内の世論も揺れ動きます。角栄さんを強く推す声も一定程度あるにはある。でも、角栄さんには、決定打が必要だったのです。彼が戦い、打ち破る必要があった「固定観念」。それは、多くの自民党の国会議員の方々の思い込みでした。佐藤首相は福田さんへの「禅譲」で肚(はら)を固めている、正面から逆らうとあとが怖い、それに、高等小学校卒の田中(角栄)は所詮は総理総裁の器ではない・・・等々といった思い込みです。

「日本列島改造論」は、こうした党内事情を背景に、自民党総裁選を翌月に控えた1972年6月に出版されます。「国土の均衡ある発展」という理念のもとで、都会と地方の格差を解消し、過密と過疎を同時に是正するという骨太のメッセージを軸とする政策論は、永田町の枠を飛び越えて、多くの国民から高い注目と関心を集めました。同書は、日本の進むべき方向を、産業、福祉から住宅、国土計画まであらゆる政策分野を網羅したシナリオとして示し、しかも国民一人ひとりの暮らしや人生に想いを馳せるように語り掛けてきます。政治の本なのに、読者が自分ゴトとして読めるように書かれているのです。

「角栄さんは、小学校しか出ていないというが、こんな立派な本を書けるなんて凄いじゃないか」、「こういう斬新な発想のリーダーに政治を変えてもらいたい」、といった形で、角栄さんの総理総裁就任を待望する世論が一気に勢いを増していきました。これが「決定打」となり、自民党内で「様子見」をしていた多くの議員も「勝ち馬に乗れ」とばかりに動き始め、結果として角栄さんの勝利につながりました。

チェンジリーダーは、「Envision/Engage/Inspire」という3つの要素を戦略的に組み込んで発信を行い、人々の固定観点を打破して変革を進めます。角栄さんの「日本列島改造論」の出版は、“Envision”の優れたお手本であるだけでなく、 “Engage”(=「ヨコ割り」で新たなつながりを築く)のあり方を考える上でも示唆に富んでいます。

目の前の相手の意識や行動を変えようとしても、なかなか変わらないものです。多くの組織・業界では「タテ割り」構造が強く、多くの人がしがらみや固定観念でがんじがらめになっているのです。こういう時こそ、「ヨコ割り」で大胆にテーマを設定し、新たなつながりや協働の価値を実感できる場を創ったり、これまで「枠の外」にあると考えられていたプレーヤーを積極的に招き入れたりして、「目の前の相手」の意識に潜む現状維持バイアスを打ち破っていく必要があるのです。

角栄さんが、直接の票にならないはずの一般国民に向けて出版を行うという前例にない行動に出た背景にも、きっとこうした戦略発想があったはずです。幅広い層の国民の心に訴えかけることで、自身への待望論を巻き起こし、固定観念に縛られた目の前の相手=永田町の自民党国会議員の空気を一気に変えてやるのだと。

「日本列島改造論」という書籍は、提示されたビジョンの先進性に加え、それを人々の意識変革に徹底活用した希代のチェンジリーダー・田中角栄のコミュニケーションの戦略性という点においても、21世紀を生きる我々に多くの示唆を与え続けているのです。

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